カンタンに読める!金色夜叉/現代版

貫一と荒尾に雪解けの気配
しかしそこへ横槍が入り…

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続金色夜叉第4章-4-

 横槍

「うう、それじゃ何だ。キミは僕がこうして落ちぶれているのを見て、気の毒だと思っているというのか」
「俺はキミが言うほどには腐っちゃいないのさ」
「そこだよ、間。世間にキミのような闇金が存在するために、社会で重用されるべき人材の多くが、その名を傷つけられ、身を誤って、社会の外に爪弾きにされて空しく腐ってしまっている。国家のために自重しろと、僕のような者にでもそう言ってくれるのは有難いが、同じ論理でキミも社会の公益のために、その不正稼業をやめてくれと僕は頼むわけだ。
  今、世間で人材を滅ぼしているモノは、ひとつに色情、そして闇金だろ。このとおり落ちぶれている僕を気の毒だと思うのならば、キミのために困窮している人材の多くを一層不憫だと思ってやってくれまいか。

  キミが愛に失敗して苦しむのも、ある人がカネのために苦しむのも、苦しむという点においては変わりはない。で、僕もこうして窮迫している身だからね、憂いを共有する親友のひとりくらい欲しいと思うんだよ。昔の間貫一のような親友があれば、と思わないこともないよ。その親友が僕の身を案じてくれて、社会に打って出て大いに働いて、少しの力でも貸してくれるというのならば、僕はどんなに嬉しいことか!
  世間で最も愛されるモノは親友で、最も憎まれるモノは闇金だ。闇金がどれほどまでに悪なのかを知っているだけに、僕はますます親友を懐かしく思うよ。その昔の友が、今や闇金屋――その憎むべき闇金になっていようとは、もう僕は二の句が継げやしない」
  荒尾は口を閉じ、憎しみを籠めた目で貫一を睨んだ。

「数々の忠告、ありがとう。真面目に考えて、この腐った身体が元のとおりの潔白な人間に成り変わられることができるのならば、それに越した幸せはないよ。キミも自愛してくれよ。俺はキミに見捨てられたとしても、キミが社会で大いに活躍する姿を見たい。そして必ず活躍してもらわねばならないその人が、そうして不遇でいるのは残念である以上に悲しい。
  こうも考えている次第なのだから、一度キミの家を訪ねさせてもらいたい。どこに住んでいるんだい?」
「まあ、闇金には来てもらわない方がいい」
「その日は親友として訪ねるんだ」
「闇金に親友なんて、ちゃんちゃらおかしいじゃないか」

  そこへしとやかに戸を開けて入って来る者がいた。誰かと思えば満枝だった。なにゆえに不躾にこの場に現れたのかと驚いた家の主よりもひっくり返るほどの動揺が、荒尾の心中で巻き起こった。彼は苦しげに長い髭を指でしたたかに捻った。
  それでも狼狽の色を察知されまいと、にわかに胸高に腕組みをして、動かざること山の如しとばかりに堂々とするが、なんともわざとらしい。動揺は隠しきれなかった。
  満枝はまず家主に挨拶し、そして荒尾に向かってひときわ丁重に礼をした。しかも手の動きから視線の流れまで、専ら貴婦人のように振舞いつつ、笑うこともなく、柔和な表情を保ったまま、しかし言葉を発することはしなかった。沈黙に堪え切れず、荒尾が口を開く。
「これは不思議なところでお会いしましたね! なるほど。間とは御懇意なのですかね?」
「キミがどうしてこの人を知っているんだ?」
  貫一は困惑し、呆れ顔で尋ねた。

「そりゃま、少しは知っている。しかし長居は邪魔だろうから、僕は失礼するよ」
「荒尾さん」
  満枝は逃がすまいと呼び止めた。
「こういう所で申し上げることでもない話ですが――」
「ああ、そりゃここで聞くべき話じゃないね」
「けれどいつもご不在ばかりで、お話できる機会が全くないものですから」
「いや、会ったところで、話のつけようもないからね。逃げも隠れもしないから、とにかく時機を待ってもらわないと」
「それはどの程度でもお待ちいたしますけれど、あなたの都合の宜しいようにばかりはしていられないのですよ。そこはお察しくださいね」
「うう、随分酷いことを察せよと言うのですねえ」
「近日中にお願い事をしに伺いますので、どうぞよろしく」
「そりゃ一向によろしくないかもしれない」

「ああ、そうそう。この前でしたっけ。あの者がお伺いした折に、何かご無礼なことを申し上げたとかで。大層ご立腹になられて、刀を抜いて斬ってしまったとか、そんなことがあったようですが」
「あった」
「あら、本当にそんなことをされたのですか?」
  恥を知れとばかりに満枝は嘲笑った。

嘲笑する女

  当事者の荒尾はあくまでも真顔を作った。
「本当だとも! 実際アイツなんか叩き斬ってしまおうと思ったさ」
「しかし考え直したのでしょう」
「まあね。あれでも犬や猫じゃあるまいし、斬り捨てるわけにもいかないから」
「まあ怖い。そんな調子だと、私なんかが訪ねて行くわけにはいきませんね」
  何をあからさまな寝言を抜かしているのかとばかりに、荒尾は顎を反らして笑い飛ばした。
「僕が美人を斬るか、むしろ僕が殺されるか。どれ、帰って刀でも拭いておこう」

「荒尾君。夕飯の支度ができたそうだから、食べて行けよ」
「それはせっかくだが、盗人の飯は食いたくない」
「まあ、そうおっしゃらず。私が給仕しますから、さあさ、お座りになって」
  満枝は荒尾が立ち上がった足元に座布団を押し付け、帰すつもりなんて更々ないと、家主にも劣らぬ引き留めぶりを発揮した。
「まったく夫婦みたいだね。似た者同士かい」
「そうかもしれませんわね。さ、どうぞ座ってください」
  最初から長居は無用と考えていた荒尾は、とうとう場を去ろうとしつつ、貫一を見つめた。
「間、お前は――」
「――」
「――」

  荒尾は後味の悪さを感じながら、空しく鬱屈したまま帰り去った。彼が言わなかった言葉が胸に刺さり、貫一は彼が立ち去ったあとも、しばらくは顔を上げることができなかった。

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