カンタンに読める!金色夜叉/現代版

荒尾が話すお宮の現在
貫一の反応はいかに…?

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続金色夜叉第4章-2-

 荒尾の論理

「しかし今日まで親友だと思っていたキミを捨てるからには、これが一生の別れになる。だからその餞(はなむけ)として、ひとこと言わねばならない。
  間、キミは何のためにカネを稼いでいるんだ? 最愛のフィアンセを奪われたその代償を、カネで補おうとでも考えたのか。それも良いだろう。良いとしておこう。
  でもな、だからと言って、カネを稼ぐために不正や不義を働く必要があるのかい。キミも現在、人から苦しめられている身じゃないのか。なのにそんな自分がまた人を苦しめるというのは、もっとも唾棄すべきことだろうに。

  おまけに人を苦しめるにしても、人の絶体絶命の立場に付けこんで、そうやってその血を搾るのがキミのやり方だ。ほとんど泥棒に等しい手段でカネを稼いで、キミはそれで現在本当に慰められているのか。
  カネがどれほどのモノなのかは知らんが、人というものは悪事を働いたなら、一時でさえ安心した気持では過ごせないものだよ。それともキミは違うとでも?――ほんわかした陽気の日に満開の桜の花を眺めるような気持ちで返済の催促に出向いたり、差し押さえをしたりしているのか? どうなんだ、間?」
  貫一は黙るしかなかった。

「おそらくだが、そういう気持ちで過ごせたことは、この幾年間に一日だってありゃしなかっただろ? キミの顔色を見てみなよ! まるで罪人だ。獄中にいる人間のツラだ」
  別人と見紛うまでに浅ましくやつれた彼の顔をじっと見つめ、荒尾は意図せず涙を落とした。

「間、どうして僕が泣くのか、判るか? 今のキミでは判るまい。いくらカネを拵えたところで、キミが慰められることは到底ありえない。病気だからといって毒を飲んで、その病が治るだろうか。キミはあたかも薬を飲む事を知らないようなものだよ。
  僕の親友だった間は、そんなバカじゃなかった。いわば発狂したも同然だ。発狂してバカな真似をするヤツをいちいち咎める価値もないが、ひとりの女のために発狂したその根性を、彼の親友として僕が恥じるのは致し方なかろうよ。
  間、キミは泥棒だと言われたんだぞ。罪人だと言われたんだぞ。発狂したとまで言われたんだぞ。少しはムカつかないのか! ムカついて僕を殴るとか蹴るとかしてみろってんだ!」

  荒尾は言いたいだけ良い、激高の色を見せ、なおかつ自分からは手出ししないから殴るでも蹴るでもすれば良いとまで言い放って、即座にその答えを貫一に迫った。
「腹は立たない…!」
「腹が立たない? それじゃキミは自分自身を泥棒だとも罪人だとも思っていると言うのか…」

「狂人だとも自覚してるさ。ひとりの女のために発狂したのは、キミに対して実に申し訳ないけれど、既に発狂してしまったのだから、どうしようもない。せっかくの忠告だが、このまま放っておいてくれ」
  貫一はわずかにこう言っただけで、黙ってしまった。
「そうか。それじゃキミは不正な手段で稼いだカネで慰められているのか?」
「未だ慰められてはいない」
「いつ慰められるんだ?」
「判らん」
「それから、キミは結婚したのか?」
「しない」
「なぜだ。こうして一軒家まで建てているのに、独身じゃ都合の悪いこともあるだろう」
「そうでもないさ」

「キミは今では、彼女のことをどう思っているんだ?」
「彼女ってのはお宮のことかい。あれは人間じゃないね!」
「しかしキミだって今は人間じゃないだろ。闇金なんて輩は人の心を持っていない。人の心がないのは、それは人間とは言えないわな」
「そう言うけれど、世間なんてものは大体そんなもんじゃないか」
「じゃあ僕もそうなのかな? 人間じゃないってことなのかな?」
「―――」

「間、キミは彼女が人間とも思えぬ振舞いをしたのに激怒して、そうなってしまったんだな。ということは、もし彼女が改心して人間らしい振舞いをするようになれば、同時にキミも真人間にならねばならないよ」
「あいつが改心? ありえんね! 俺は高利を貪るロクデナシだが、人を欺く真似はしない。人を騙して真心に付けこんで、それを売り払うような残忍なことは決してしていないさ。最初から高利だと宣言して貸すのだから、イヤなら借りなきゃ良いんだし、借りない者を騙して貸し付けるわけでもない。
  お宮みたいな人でなしが、どうして再び人間に生まれ変われるものか」
「どうして生まれ変われないと言い切れる?」
「どうして生まれ変わると言いきる?」
「だったらキミは彼女が真人間にならないという結末を望んでいるのかい?」
「望むも望まんも、あんなヤツに用はない!」
  貫一はまるで顔に唾を吐き掛けようとするかのような気迫を見せた。

「そりゃキミには用がないのかもしれないが、キミのために言うべきだと思うからこそ話すのだ。彼女は今じゃ大いに懺悔している。キミに対して罪を悔いているんだ」
  貫一は我を忘れたかのように嘲笑した。どうやって侮蔑を言い表すべきか、表現する術を探し求めても探し得ず、更に嘲笑い、なおまた嘲笑い、止めようとして再び嘲笑した。

嘲笑の表情

「彼女もそうやって悔悟しているのだから、キミもそうすべきだ。今が悔悟する時なのだと思う」
「あいつの悔悟はあいつの悔悟であって、俺が与り知るところじゃないさ。ビッチも少しは思い知ったんだな。それはそれで結構なことだ」

「先日、計らずして彼女に遇ったんだよ。それで彼女は僕に向かって涙を流して、そりゃもう真摯に悔悟していたよ。そうして僕に詫びをさせてくれ、それを僕が拒絶すると、今度はキミに一度引き合わせてくれと縋って頼むんだ。
  けれど僕にも思うところがあるからね。それは断った。だからキミに対しても、彼女がそのように懺悔しているから許してやれと勧めたりはしない。それとこれとは別問題だからね。

  ただ僕としてキミに言いたいのは、彼女は悔悟してひとり苦しんでいる。つまり彼女は自ら罰せられているのだから、キミはキミとして恨みを解いても良いんじゃないかと思うんだ。そしてキミが恨みを解いたなら、昔のキミに戻るべきだと考えている。
  キミは今のところ慰められてはいない。それにいつ慰められるかも判らないと言ったな。しかし、彼女が悔悟してそのように思っていると聞いたからには、キミは大いに慰められはしないかい? キミがこの幾年間で得たカネ、それが幾らなのかは知らないが、その少なくない金額よりかは、彼女がついに懺悔したと聞いた一言のほうが、遥かに大きな力をもってキミの心を慰めるだろうと思うのだが…どうだい?」

「それは俺が慰められるというよりも、お宮が苦しまなければならない故の懺悔だろ。お宮が過去を悔いたからといって、俺が失ったものを再び手に入れられるわけじゃない。
  だから俺がそんなことで慰められることは少しもないんだ。憎いかどうかと言えば、そりゃお宮のことは憎いよ。でもその憎しみのせいで俺が慰められないから、お宮に対して捨てられた恨みを返そうだなんて決して思ってない。ビッチには復讐する価値すらないさ。
  今になってあいつが懺悔した。そりゃまあよくぞ懺悔したと言ってやりたくもあるが、最初からそうあるべきなんだ。始めにあんな酷い真似さえしなければ、懺悔する必要もなかったのに――極悪だよ。まったくあいつは非道だった!」
  貫一は暗然と空しく回顧した。

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