カンタンに読める!金色夜叉/現代版

闇金の手口に窮する遊佐
畳みかける貫一に対抗できるか?

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中編第6章-1-

 取り立て問答

  座敷には苦しむ遊佐と落ち着いた貫一が向き合っていた。
  灰皿には吸い殻が盛られていたが交換されず、彼の傍らのコースターの上に伏せられた茶碗は、かつて肺を患って死んでしまった客に出した物を「縁起が悪い」と使わずに置いておき、遊佐の妻が取り出してわざと用いた物であった。
  遊佐は憤りを隠すような声色で返した。
「それはできんよ。もちろん友人はいくらでもいるが、手形の書替の連帯を頼めるようなあてはないんだ。
  考えてもみてくださいよ。どれだけ友人だと言っても、他のことと違って借金の連帯は頼めないさ。そう無理を言って困らせなくてもいいじゃないか」

  返す貫一の声は重りを引っ張るかのように低いものだった。
「あえて困らせるだとか、そういう話ではありません。利息も払わず、書替もできない。それでは私の立場ってものがありません。どちらの話も今日は是が非にでも受けてもらわねばならないのですよ。
  連帯と言ったって、もとよりあなたが全て支払おうという信念であれば、他の誰に迷惑を掛けることにもならないのですから。ほんの名義を借りるだけの話です。それくらいのことは友人の誼(よしみ)でどなただって承諾してくれそうなものですけどね。
  つまり、名義だけあれば宜しいのです。私の方では充分あなたを信用しているのですから、決して連帯者から取り立てようなどとは思いません。
  ここで何とかひとつ折れていただかないと、私も上に対して弁明できないんですよ。利息を支払っていただけなかったので、書替をしてもらったとさえ言えば、それでひとまず区切りがつくのですから。どうかひとつそう願います」

  遊佐はどう答えていいものか困惑した。
「どなたでもいいのです。ご親友の中からおひとり」
「ダメだよ。それはどう考えても無理だ」
「無理ではこちらが困るのです。そうなれば、自然と名誉に関わるような手段も取らねばならぬかもしれません」
「どうしようって言うんだ?」
「無論、差し押さえですね」

  遊佐は強いて微笑を含んだ顔を作ったが、胸の奥では相当に堪えて怖気づいている。彼は悶えて捩じり切るほどに顎をさすり続けていた。
「六百万やそこらの端金(はしたがね)であなたの名誉を傷つけて、将来のご出世の妨げにもなるようなことをするのは、私のほうでも決して良いことだとは思わないのです。
  けれどもこちらの請求を聞き入れて下さらなければ止むを得ません。物事は穏便に済ませるほうがお互いのためなのですから、よくよくお考えくださいよ」
「一円だって自分が費やしたものではないのにだ、この間百八十万もの金を取られた上に、また改めて一千万の証書を書かされる! あまりにバカバカしくて話にならんよ。
  こっちの身にもなって少しは斟酌してくれてもいいじゃないか。一円も使っていないのに一千万の証書が書けるとでも思えるのかい?」
  そらとぼけて貫一は笑った。

  遊佐は密かに歯を軋ませてその横顔を睨みつけた。
  彼は逃れ難い義理に迫られて連帯保証人の印を捺したことで、不測の災いが起こってこのようなツライ目に遭ったのだと、深く自身の行為に懲りていた。それゆえに人に連帯を頼んで同じような迷惑を掛ける事なぞ断じてしてはならないと、貫一の要求を撥ねつけていたのである。
  とはいえもう一方の手段である今すぐ支払うべき利息を即座に用意できる法もないので、彼の進退はここに極まっていた。
  貫一もまたテコでも動かぬ風情ゆえ、遊佐は罠に掛かった獲物と同じで、にっちもさっちもいかない。
  今はただ言われなき責め苦を一身に受けて、これほどにまで悩まされる不幸を恨み、翻ってただ一点の人情すらないケモノの振舞いに対して憤るその胸の内は、前後不覚に乱れに乱れて引き裂かれそうになっていた。

借用証

「第一今日はまだ催促に来る日ではないじゃないか」
「先月の二十日にお支払いいただくべきなのに未だそれがないものですから、いつだって催促させていただきますよ」
  遊佐は拳を握って震えた。
「そんなふざけたことを! 何のために延滞料を取ったのだ」
「別に延滞料だという名目でいただいたわけではありません。期限の日にお伺いしたのにお支払いがない。そこで手ぶらでむなしく帰るその日の日当と車代として下さったのでいただいたのです。
  ですから、もしあれに延滞料という名前を付けるなら、正しくはその日の取り立てを延期する料金だとでも言うべきですねえ」

「お、お前ってやつは! 最初二十万だけ渡そうとしたら、二十万では受け取らん、利息の内金ではなく三日間の延滞料としてなら受け取ると言って持って行ったじゃないか。それについ先日だってまた二十万…」
「それは確かにいただきました。が、今申し上げたとおり、無駄足を踏んだ日当ですから、その日が過ぎれば翌日から催促に伺っても何ら問題ないわけです。まあ、過ぎ去ったことはさておき…」
「さておきじゃないよ、過ぎ去った話なんかじゃないぞ」
「今日はその事で伺ったわけではないのですから、今日の話の始末をお付けくださいよ。
  では、どうあっても書替はできないと仰るのですね?」
「できない!」
「で、お金もいただけないと?」
「無いからやれない!」

  貫一は目を側めて遊佐の顔をじっと見詰めた。その冷やかで鋭い眼光は怪しく彼を襲い、そぞろに熱する怒りをも忘れさせた。遊佐はたちまち我に返り、自身の身の危うい状況を省みた。
  その一時こそ心を快くする暴言も、処刑台にしょっ引かれる者が口ずさむ唄に過ぎないことを悟って、手持ち無沙汰に鳴りを潜める。
「では、いつごろご都合いただけるのですか」
  機を制して彼も同じく態度を和らげた。
「さあ。十六日まで待ってくれないだろうか」
「間違いありませんね?」
「十六日なら間違いない」
「それでは十六日まで待ちますから…」
「延滞料かい?」
「まあお聞きください。約束手形を一枚書いていただきます。それなら宜しいでしょう?」
「宜しいってことはないが…」
「不平を仰る筋合いは何らございません。その代わりいくらかだけ今日お支払いください」
  こう言いつつバッグを開けて、約束手形の用紙を取り出した。

「金なんか無いよ」
「わずかで良いんです。手数料として」
「また手数料か! じゃ二万出そう」
「日当や車代も入っているわけですから、十万くらいは」
「十万なんて金はない」
「それでは話になりませんねえ」
  彼はにわかに躊躇して、手形用紙を惜しむように捩った。
「ううむ。じゃあ六万でどうだ」

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