カンタンに読める!金色夜叉/現代版

若くして父を亡くした
貫一を救う夫妻の願い

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前編第3章-1-

 将来の婿・貫一

  間貫一が十年来に渡り鴫沢の家に住んでいる理由は、身寄りが無くて養われているからである。母は彼が幼いころに世を去ってしまった。父も彼の中学卒業を待たずして病死した。悲嘆に暮れながら父を埋葬するのと同時に、彼は自らの将来の希望さえも葬らざるを得ない不幸に遭遇したのだ。
  父が存命の頃でさえ、血を絞るかのようにして学費を捻出していた貧乏所帯だったものだから、当時十五歳だった彼は学問より先に日々の食糧をなんとかせねばならなかったのである。

  まだ幼い家主ゆえ、学ぶより食べることを優先せねばならない。食べることよりも父を埋葬することを急がねばならない。さらに遡れば、父を看護せねばならなかったはずだ。自立して生活する手段もない若い者が、どうやってこれらの窮状を乗り越えられたのであろう。
  それはもとより貫一の能力によるものではなく、鴫沢隆三が親身に彼を引き受けてさまざまに世話をしたからなのである。

  孤児になってしまった貫一の父だった男は、隆三の恩人だった。その恩に報いようと、病に冒されていた時に扶助していただけでなく、常に気を配って貫一の学費でさえ支援していたのである。こうして貧しい父を失った孤児は、富裕な後ろ盾を得て、鴫沢の家に引き取られたのだ。
  隆三は恩人に報いるには、その短かった存命の期間だけでは足りぬと考えた。恩人の忘れ形見である息子を立派な人間に育て上げ、一日たりとも忘れたことのない恩返しの意志を貫いたのである。

墓参

  亡き人が常日頃から言っていた。いやしくも武家の家柄の生まれなのだから、我が身はともかく、息子・貫一こそは世間に侮られるようではならない。彼を大成させて、願わくば再び上流階級の座に立たせてやりたいのだと。貫一はいつもこの台詞を聞かされ、隆三もまた会うたびそのように愚痴られていた。
  彼は遺言を残す時間もなく亡くなってしまったが、生前常に口にしていたことが、明らかに彼の遺言であったのだろう。それゆえに、鴫沢の家での貫一の境遇は、決して厄介者として陰で疎まれるようなものではなかったのである。なまじっか継子なんかに生まれたよりは、よほど幸せな身分ではなかろうかと、知る人は噂し合っていた。

  隆三夫妻は彼を恩人の忘れ形見として真摯に大事に扱った。それほどまでに彼が愛されているのを見て、貫一をお宮の婿にするんじゃないかと思った者もいた。夫妻には当時そんなことを考える心はなかったようだが、勉学熱心な彼の姿を見ていると、そんな気持ちもだんだん湧いてくる。こうして高校入学の時分に、夫妻の意志は初めて固まったのだった。

  貫一は勉学に熱心なだけではなく、性格も素直で、品行方正。おまけに優秀な大学院卒の冠まで取ろうというのだから、これは得ようにもなかなか得られぬ立派な婿になるだろうと、夫婦は密かに楽しみにし、喜んでいた。
  かたや貫一も、育て守ってくれた恩があるからと言って、婿入りして他人の姓を名乗る何とも言えぬ屈辱に耐えることは、簡単に納得できるところではなかったが、美しいお宮を妻にできるのならば、それくらいはどうってことないと考えていた。鴫沢夫妻以上の希望を抱いて、貫一はますます学問に励んだのである。

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