カンタンに読める!金色夜叉/現代版

仲の良い友人たちが抱える陰
それは闇金からの高利の借金…

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中編第5章-1-

 友情の陰に闇金あり

  遊佐良橘(ゆさりょうきつ)は地元にいた頃も上京して学んでいた時も、非常に慎み深く素直だったと評されていた。ところが、海運会社に勤める今となって六百万の高利の借金に悩まされていると知った彼の友人たちは皆驚いた。
  ある者は結婚式の費用だったんじゃないかと言い、ある者は世間体ゆえに見栄を張らざるを得なかったゆえの借金かと言い、ある者は隠れて遊んだツケが回ったのだろうと主張していた。
  この不可思議な負債と彼の美しい妻は、遊佐には身の丈に合わぬ過ぎた二つの存在に数えられていたのだ。

  けれどもこれは公にできない事情のもとで、彼が連帯保証人の判を捺した結果なのである。ありがちな話のとおりに腐ってしまい、義理立てした副作用の毒で苦しんでいるのだという真相を知って、彼の不幸を悲しんでいたのは外務省に勤める蒲田鉄弥(かまだてつや)と、遊佐と同じ会社の貨物課所属の法務博士・風早庫之助(かざはやくらのすけ)だけであった。

  大体闇金などというものは、喉が渇ききった人に水を売るようなものだ。渇きが甚だしく耐えがたい状態の人間に至っては、自らの肉を削いで交換してまでも水を手に入れたいのである。
  人の危機に便乗して必要なモノを売るという点では、一杯の水であってもその価値は不老長寿の水を生み出す玉ほどの値がある。よってにっちもさっちも行かないほど渇いた人ほど水を買うのだ。

  その渇きが癒えてからようやく、至宝の玉から湧く水だと思って喜んでいたモノがただの下水の上澄みに過ぎなかったことを悟る。痛恨の極みに激しく後悔したとしても、得た下水の倍量を証文どおりに自らの鮮血を絞って肉を削いで返済せねばならない。
  世の中にかたや敵なしは闇金業者であり、その闇金からカネを借りる人はさらに最も不敵な存在であらねばなるまい。それゆえに闇金は借りても耐えられる人だけが利用すべきである。借りるだけの覚悟を要するものなのだ。
  これは風早の持論の概要であった。しかし遊佐はまったくこうではなく、また覚悟などとてもじゃないがありはしなかった。そんな訳でこのような災難に遭ってしまったのだろう。人のためとはいえ、この憂いから逃れる術はなかったのである。

  近々、県人会の秋季会が催されるとのことで、その日は委員会があった。その帰り、三人は一緒に遊佐の家へ向かっていた。
  遊佐が手で弄ぶ半月型のハムの缶詰も、今日の酒の肴にと途中で買ったものだ。蒲田の声も朗々と快く響く。
「それはいいね。急いで帰ることもないだろうから、ワンゲームどうだい? キミはこの頃、風早と競り合ったそうだが、格段に上達したんだな。しかし、上達とか言いながら実はまぐれが続いているだけじゃないのか?
  ん? この頃はすっかりまぐれがストップした? ハハハハハ、それはめでたいと言うべきか、ご愁傷様と言うべきか微妙なところだね。でも、まぐれが止まったっていうのは、明らかに一段上達したということさ。まあ、これでだいぶん話が通じるようになったわけだ」
  風早は例の皺枯れ声でゲラゲラ笑った。

「さらにもう一段階上達するには、立てキューをして七センチほどクロスを破くくらいじゃないとな」
「三度肘を折って良医となるってことか。あれから俺は立てキューの極意を悟ったのだ」
「へへへっ、この頃の僕のドローショットの腕前も知らないくせに」
  これを聞いて、今度は遊佐が笑った。
「キミのドローショットも言うほどじゃないね。こないだ、あそこのオヤジがこう言ってた。『風早さんがドローショットを三度すると新しいチョークが半分も減る』って」
「そりゃ傑作だ」
「チョークの量の多い少ないはワザの上手下手に関係ないさ。遊佐が無闇にキューを取り換えるのだってみっともないんだぞ」
  蒲田は風早を手で制した。
「もういいさ。人を悪く言うヤツにワザができた例はないんだ。悲しいかな、キミたちの球なんて俺が相手だと八十点取るのが限度だろうよ」
「八十なんてことあるか」
「じゃあ、何点?」
「八十五だ」
「五かよ。情けないな! その程度か」
「なんでもいいから、ワンゲームやろうぜ」
「やろうぜとは何だ! お願いしますと言うもんだ」
  言い終わらぬうちに彼は脇腹に不意の肘突きを喰らった。

ビリヤードに興じる男

「あ、痛っ! そう強くショットを突くからいつも球が転げ出すんだ。風早の球は荒いから癇癪玉で、遊佐のは馬鹿に弱いから蒟蒻玉だよ。だから二人が突く姿なんてのは、稲妻が家の中の人間を倒そうと悶着を起こしているようなもんだ」
「ほう。じゃあキミはどれくらい出すんだ?」
「そうだな、凄い点ではないが、天狗になってる風早の二十点差はあるね」
  二人は負けずと言い合い、今すぐ一勝負しようと手ぐすね引いていたが、遊佐がまあまあと宥める。
「ゲームは呑んでからにしよう。夜は長いんだ。あとでゆっくりとできるさ。帰って風呂にでも入って、それからでもいいだろ」

  往来の多い通りを角の銭湯で曲がって入れば、道幅は半分ほどの路地になる。物を売る店もあるが閑静で、家並み続く中ほどに質屋の電飾看板があり、格子の引き戸をくぐった庭先にユズリハが植わった家が遊佐の住まいだ。
  彼が二人を導いて玄関のドアを開けると、彼の美しい妻が出て来た。客を連れているのを見て少々戸惑った顔をしたが、すぐに笑みを浮かべていつものように出迎える。
「さあ、お二階へどうぞ」
「座敷は?」
  夫にそう咎められ、彼女はますます困った顔をした。
「今、ちょっと塞がってて…」
「じゃあ、キミら、二階へ行こう」

  勝手知ったる客なのでずかずかと廊下を通って進む後ろで、彼の妻は小声になって夫に伝えた。
「鰐淵の使いが来てるの」

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