カンタンに読める!金色夜叉/現代版

熱弁奮う蒲田は
闇金の男を説き伏せられるか?

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中編第5章-2-

 蒲田の闇金論

「来たか!」
「是非にともお目にかかりたいって聞かなくって、何を言っても帰らないものだから、座敷に上げておいたわ。ちょっと顔を出して早く帰してしまってよ」
「松茸はどうした?」
  妻はこの呑気な問いかけに驚いた。
「ちょっと、松茸なんかよりも早く…」
「待てよ。それからこの間の黒ビールな…」
「ビールも松茸もちゃんとあるから、早くアレを帰してしまって。私はアイツが居ると思うと嫌になるわ」
  遊佐もしばし当惑しつつ眉をひそめた。二階では例のビリヤードの言い争いだろうか、さも気楽そうな高笑いがするのを、妻は苦々しく感じていた。

  少し経ってから遊佐が二階に昇って来た。待ち構えていた蒲田が声を掛ける。
「今から銭湯に行かないか。タオル貸してくれよ」
「ま、待ってくれ。今一緒に行くから。しかし、ちょっと困ったことが起きたんだ」
  言葉通り、遊佐は心穏やかではないように見えた。
「まあ、座りなよ、どうしたんだ」
  風早が勧めるも、遊佐は落ち着かない。
「座ってもいられんのだよ。下に闇金の奴が来てるんだ」
「来たか」
「さっきから座敷で俺の帰りを待っていたようだ。困ったね…!」
  彼は立ったまま頭を押さえて柱にもたれかかった。

和室

「何とか言って追い返してしまえよ」
「なかなか帰ってくれないんだよ。ひねくれた皮肉なヤツでね。アイツに捕まったら面倒なんだ」
「四・五万円でも叩きつけてやれば帰るさ」
  蒲田はそう答えたが遊佐は首を横に振る。
「もうそれも度々やったんだ。向こうは証文の書き換えをさせようとして来ているんで、延滞利息を払ったくらいじゃ今日は帰らんよ」
  話を聴いているだけで心苦しくなった風早は、
「蒲田、キミがここはひとつ、直談判してやりなよ。そうだ、弁が立つキミなら大丈夫さ」
「これは他の揉め事と違って単にカネの問題なのだから、素手で飛び込んでも弁の奮いようがないよ。まごまごしてしまうと、飛んで火に入る夏の虫になってしまうし、まあ、キミが行って何とか話をしてみな。俺は様子を見て臨機応変に助太刀するから」

  こりゃ難題だと思いながらも、こうなった以上は仕方ないと、遊佐は気を取り直して階下へ向かった。下りて行く遊佐を見送った風早は、蒲田に手助けを促す。
「気の毒だ。萎れてしまっているじゃないか。遊佐が心配でならないよ。キミ、何とかして救ってやれよ」
「ひとつ行って様子を見て来よう。遊佐は気が小さいからな。ああいう風だからますます足元を見られて良いように料理されてしまうんだ。たかだかカネの貸し借りじゃないか。命まで取られやしないさ」
「命に別条がなくても、社会的名誉に別条があるから、皆恐れるんじゃないのか」
「ところが恐れる必要はないんだな! 社会的名誉のある人間が闇金稼業に手を出してカネを貸せば名誉に関わるだろうが、逆に高い利息を払って借りているのだぞ。安い利息や無利息で借りるのに較べたら、はるかに栄誉ある行為なのだ。社会的名誉のある人間だと言っても、カネに困らないということはない。困ったから借りるんだ。借りたまま返さないと言っているわけじゃないんだし、名誉が傷つく心配なんて全くないのさ」

「恐れ入りました。闇金からカネを借りようとする誉れ高い紳士の心掛けというのは、そういうもんなんだな」
  風早は茶化すように認めた。
「で、仮に一歩譲ってだ。譲って、闇金からカネを借りるなんて行為は社会的名誉のある人間にあるまじき恥ずべき行為だとしてだ。それほどまでに恥じるべきならば、始めから借りねばいいじゃないか。既に借りてしまっている以上、仕方ない。まだ借りていない時点での恥ずべき心得を根拠にして、この問題に対処しようとしたって何の甲斐もないのさ。
  中国の宋の時代だったか。何か乱が起こったんだ。すると皇帝に上奏した者がある。『これは軍を動員するまでもありません。軍将をひとり派遣して、賊の方に向かって孔子の教えを説けば、賊は自ずから消滅しましょう』とな。面白い話だろ。これは笑い話だが、遊佐みたいに杓子定規な奴は、真面目に孔子の教えを闇金のヤツに読み聞かせているんだよ。
  既にカネを借りていてだ、暴利の利子を喰らいながら隔月で血を吸われる。そんな無法な目に遭いながら、未だ社会的名誉がどうだとか徳義だとか良心をもってして耐えられるものか。孔子の教えが判るくらいなら、高利でカネを貸したりしないよ。彼らは銭勘定ができるケダモノなのさ」

  得意の快弁は流れるように、蒲田は息をも継がせずに説く。
「『濡れぬ先こそ露をも厭え』って言うじゃないか。遊佐が闇金から借りなければ何の問題もないのだ。既に借りていて無法な目に遭いながら、なおまだ借りてない頃の良心でもって行動しようとしているのは、大きな過ちだよ。そりゃもちろん借りた後とは言っても、良心は持たねばならないが、借りる前の良心と借りた後の良心と言うのはだ、同じ物に見えて同じじゃない。
  武士の魂と商人根性はもともと同じ物だろ。それが境遇に応じて魂と呼ばれるかと思えば、根性と卑下されたりもする。で、商人根性と言ってもだ、不義理や不徳を許さない事に関しては、武士の魂と何ら変わることはない。武士にとっての武士魂は、すなわち商人にとっての商人根性と同じなんだから。
  だからな、社会的名誉のある人間であっても、闇金なぞに手を出さないうちは武士の魂でいいが、既に手を出してしまったなら商人根性にならなければ、身がもたないってもんだよ。つまりは敵に応じて使い分ける手段なのさ」
「それはもとより異論はないよ。けれども社会的名誉のある人間が闇金からカネを借りることが、栄誉だなんて言ってしまうのはやはり…」
  そう言われてしまうと、蒲田は申し訳なさそうな顔を作って、
「それは少し『白馬は馬にあらず』の詭弁だったかも」
と弁明した。

「そろそろ下へ行って見て来てあげなよ」
「どれどれ。武装して戦場に乗り込んでみるか」
「手ぶらじゃないか」
  一笑して蒲田は二階から下りて行った。
  風早はひとり寝っ転がっては起きつつも、階下の安否が気になって、気が晴れない。そこへ遊佐の妻が、ようやく茶を持ち運んできた。

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