カンタンに読める!金色夜叉/現代版

押し掛け闇金屋の正体は
二人が良く知る旧友だった

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中編第5章-3-

 二人の出陣

「どうも大変失礼しました」
「蒲田は座敷へ行きましたか?」
  遊佐の妻は、その美しい顔を少し紅く染めて答える。
「はい。リビングのドア越しに様子を聴いているようで。こんなお見苦しいところをお目に掛けてしまって、ホント恥ずかしくてたまらないんです」
「いやいや、赤の他人って訳じゃないし、皆、状況を知っている者ばかりですから、気にしちゃいけませんよ」
「私、アイツが来るともう、鳥肌が立って頭痛がするんです。あんな強欲な真似をするだけに、人相が完全におかしいんです。そりゃもう、いやに陰気でねちねちしていて、底意地が悪そうで。それこそホラーサスペンスにでも出て来そうな感じ」

  蒲田が急ぎ足で階段を踏み鳴らしながら昇って来た。
「おいおい風早、変だぞ。変だ」
  戸口に座っていた遊佐の妻の足を、うっかり知らずに踏んづけてしまう慌てぶりだ。
「これはすみません。痛かったでしょう? どうも失礼しました」
  骨身に沁みて痛かったのだろう、彼女は顔を真っ赤にして堪えつつ、それでも何事もない風を装って会釈した。見かねた風早がなじる。
「相変わらずそそっかしいな、蒲田は」
「ホントごめん。つい慌ててしまったものだから…」
「何をそんなに慌てることがあるんだ?」
「落ち着いていられないさ。下に来ている闇金業者、誰だと思う?」
「キミが借りてるところと同じ業者なのかい?」
「人様のいる前で、俺の懐事情を明かすなんて酷いな」
「こりゃすまん」
「俺は奥さんの足を踏みつけてしまったが、キミは俺の顔を踏んだ」
「面の皮が厚かったのが不幸中の幸いだったな」
「なんだと!」
  遊佐の妻の足の痛みはいつの間にかお腹に移ってしまって、彼女は腹を抱えて笑いだした。

「冗談言っている場合じゃないな。下じゃ遊佐が苦しんでたんだ」
  風早は我に返った。蒲田が続けた。
「その遊佐を苦しめているヤツのことだ。不思議じゃないか、間だよ。あの間貫一だよ」
  風早は敵の来襲を聞きつけたかのように、ハッと身構える。
「間貫一? 大学院にいた貫一!?」
「そうさ! 驚いたろ?」
  風早は深く息を吐き出して、しばし目を見張っていた。
「本当か?」
「まあ、見て来なよ」

茶

  却って呆けた顔をしていたは遊佐の妻のほうだった。彼女は胸が高鳴るのを覚えた。同じ感情が二人の顔色にも表れる。
「下にいるのは、ご友人なのですか?」
  蒲田はせわしげに頷いて答えた。
「そうです。俺たちと同じ大学院にいた男なんですよ」
「まあ!」
「大学を中退してから闇金の仕事をしているとは、かねてから聞いてましたけど、ごく大人しい男でして、闇金など勤まる性質ではないものですからね。そんなことは嘘だろうと、誰もが思っていたんです。
  ところがですよ、下に来ているのがその間貫一ですから、驚きです」

「まあ! 大学院に居た人が、何だって闇金なんかに身を落としたんでしょうね?」
「さあ。だから皆、嘘だと思ってたんです」
「でしょうねえ」
  少し前に蒲田と入れ替わりで様子を見に行った風早が、疑念を晴らして戻って来た。
「どうだったよ?」
「驚いたね、確かに間貫一だった!」
「アルフレッド大王の面影があるだろ?」
「エセックスを追い出された時の面影だな。しかし、アイツが闇金になるだなんて思いもしなかったが、どうしてなんだろう」
「さあ。あれで意地悪なことができるんだろうか」
「意地悪どころじゃないですわ」
  彼女はその美顔をしかめて皺を作った。

「ずいぶん酷いんですか?」
  蒲田が尋ねた。
「酷いもんですよ」
  今度は泣き顔を作る。風早は意を決したかのように、残っていた茶をぐいっと飲み干して続けた。
「だが、相手が間であることは幸いだ。押しかけて行って昔のよしみで、ひとつ直談判しようじゃないか。仲間の僕たちが言えば、ヤツもそう阿漕なことは言いやしないさ。
  ついでに何とか話を着けて、支払いを元金だけに負けさせてもらおう。ヤツなら恐れる必要もないだろ」
  風早が立ちあがってネクタイを締め直した。それを見て蒲田がつぶやく。
「まるで喧嘩に行くようだな」
「そんな事言ってないで、キミもちょっとはビシッとしたらどうだ。緩んだネクタイで顔を出したら、威厳も消えてしまうじゃないか」
「うん、そうだな」
  蒲田も立ちあがってネクタイを締め直した。遊佐の妻はそばから、
「あ、曲がってますよ」
と、チェックを入れる。
「これはどうも。身だしなみに女性のチェックがあるっていうのは、何だか赤穂浪士の芝居の堀部安兵衛(ほりべやすべえ)の役のようだな。
  しかし人数が多くて、支度に手間取る役っていうのは、大概死亡フラグだから、お互いに気をつけようや」
「バカな! 間ごときに」
「急に威勢が良くなったから面白い。さあ、準備できたぞ」
「こっちも良いぞ」

  二人はビシッと向き合った。遊佐の妻が、
「お茶を一杯どうぞ」
と勧めたので、
「まるで敵討ちの出立だな。互いに交わす茶の盃だ」
  と蒲田は茶化した。

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