カンタンに読める!金色夜叉/現代版

荒尾の助言に対し
貫一はどう返すのか

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続金色夜叉第4章-3-

 貫一の論理

「僕は彼女のことをどうこう言うつもりはないんだ。それに彼女が懺悔したからといってキミが失ったモノを再び手に入れられるわけでもないのだから、そんな程度では慰めにもならないと言うのなら、それもそれで良いよ。
  要するにキミは失ったモノを取り戻せたら満足なんだろう? そしてそのためにキミはカネを稼いでいるんだろう? なあ、それならカネさえ手にできれば、わざわざ好んで不正な手段で稼ぐ必要はないんじゃないのか。

  キミが大切な人を失ったことは知っている。それゆえに人生が楽しくないことにも理解する。だからカネの力に頼って慰められようとしていることについては、異議もあるけれども、それはキミの考えがあってのことだから、キミに任せる。
  カネを稼ぐのも良いだろう。稼いで大いにリッチになればいいさ。けれど、リッチになると言っても、カネを貪り集めるのはダメだよ。それに貪り集めないとカネが稼げないというワケでもないだろ。不正な手段を用いなくても、裕福になる手段はいくらでもあるじゃないか。
  キミに言いたいことは、目的を変えろということではない。ただその手段を改めるべきなんだ。道は違っても同じ高みを目指すことに変わりはないだろう?」

「申し訳ないが、俺の迷いは未だ覚めないのだ。だから間は発狂した者だと思って、一切俺に構わずに捨て置いてくれ」
「そうか。どうあっても僕の言葉は受け入れてもらえないんだな」
「赦してくれ」
「何を赦すって言うんだ! お前は僕を捨てたんじゃないか。俺もお前を捨てたんだ。赦すも赦さないもあるか」

「今日限りでお互いに捨てて別れるんだから、俺もひとつ訊きたいことがある。それはキミの今の身の上なんだが、一体どうしたんだ?」
「見れば判るだろう」
「見ただけで判るもんか」
「貧乏しているんだよ」
「それは判る」
「それだけのことさ」
「それだけのことがあるもんか。どうして総務省を辞めて、そんな貧乏になっているんだ。何かワケがあるんじゃないのか」
「話したところで、狂人には理解できまい」
  荒尾は取り合う気もなさげに席を立とうとした。

「理解できてもできなくても良いから、まあ話すだけ話してみろよ」
「それを聞いてどうするんだ。ああ、お前はあれか。カネでも貸そうと言うのか。ノーサンキューだ。赤貧で窮乏していても、心だけは変わらず楽しんでいるのだから、カネは無用だ」
「だから尚更のこと、どうしてそんな貧しくなって、またそれを楽しんでいるのか、それには何か事情があるのだろうから、それを訊かせてくれと言っているんじゃないか」
  荒尾はことさらに高笑いをした。
「お前のような血も涙もない男が、そんな事を聞いたからって、何が判るものか。人間らしい言い草をするなよ」
「そうまで侮辱されても何も言い返せないくらいに、俺は腐ってしまったってことさ」
「最初から腐ってたんだろ」

睨みを利かせる

「こうも腐ってしまった俺は、今更もうどうしようもない。けれども、キミは立派に卒業して官僚になった男だ。国家のために有用な器であることを、決して俺は疑わない。
  そして俺は常にキミの出世を望み、密かに祈っていたんだ。キミは俺を泥棒と言い、罪人と言い、狂人扱いするけれども、キミを思いやる気持ちを忘れたことはないよ。俺は今日までキミの他には、ただひとりの友人すらいないのだ。
  一昨年だったか、キミが名古屋に赴任すると聞いた時は、嬉しくもあり、懐かしくもあり、また考えてみれば自分の身が哀しくもなり、俺は一日飯も食わずに落ち込んでいたよ。
  それでも久しぶりにキミに会って、お祝いの言葉でも伝えたいと思ったけれど、俺はそんなことできるはずもない身だ。せめて陰ながらでも、キミの出世した姿を見たいと、東京駅に行った。立派になったキミを見たときは、何もかも忘れて、俺はただ嬉しくて涙が出た…」
  そんなことがあったのかと、荒尾も心ひそかに頷いた。

「キミの出世した姿を見て、それほどまでに嬉しかった俺が、今日そうやって没落しているのを見る気持ちはどんなものか、察してくれよ。自分の身を顧みず、こんなことをキミに向かって言うべきではないけれど、俺はもう俺を捨てたんだ。
  ひとりの女の策略に怒り狂って、そのために道を誤ったと判っていながらも矯正できずにいるのは、全く生まれ持っての愚劣さゆえの結果なのだろうと、自分自身を恨むしかないわけで。俺は生きながら腐ってこのまま死んでいく運命なんだ。
  キミの親友だった間貫一は既に亡き者になったのだと、そう思ってくれよ。だからこれは間が言うのではない。キミの親友の或る者が、キミの身を惜しんで忠告するのだと思って聞いてくれ。

  どういう事情なのだか、キミが話してくれないから判らないけれど、キミには身体を充分自重して、社会に立って立派な働きをしてもらいたいんだ。キミはそうして窮迫しているようだが、決して世間から捨てられるような人ではないと俺は信じている。だから一個人として自分のために身を惜しめというのではなく、国家のために自重しろと願うわけだ。
  キミの親友の或る者は、キミがキミの才能を発揮するために社会に出ようとするのなら、及ぶ限りの手助けをしたいと考えているんだ」
  貫一の顔は鬱々とした病などすっかり消えたかのような輝きを見せ、これほどまでにも潔く麗句を語った。

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