カンタンに読める!金色夜叉/現代版

お宮のつれなさに
揺れる貫一の心

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前編第6章-2-

 貫一の葛藤

  それに引き替え、俺って…
  俺があの人を愛するレベルったら、まったくとてつもない、ほとんど…ほとんどではない、全部だ。全身全霊で溺れているんだ。自分でもどうしてここまでと思うくらいに溺れている!
  これほどまでに俺が想っているのだから、あの人だってもう少し情が厚くないといけないじゃないか。たまに実に水臭いことがある。今日のことも随分酷い話だよ。これが互いに愛している仲の者がすることか。俺が深く愛しているだけに、こういうことをされると実に憎らしい。

  小説的かもしれないが、南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん・江戸時代後期の滝沢馬琴による大長編読本)の浜路(はまじ)だ。許婚の犬塚信乃(いぬづかしの)が、明朝には滸我(こが・架空の町で茨城県古河市がモデル)へ旅立つって言うんで、親の目を盗んで夜更けに逢いに来るじゃないか。ああいう情愛でなければならないのに!

  あれ? 妙だな。自分の身の上も信乃に似ているぞ…
  幼少から親と別れ、この鴫沢の家の世話になって、そこの娘と許婚に…
  似ている。似ているぞ。

  しかし我が家の浜路は困る。信乃にばかり気を揉ませて。あまりに憎たらしくて酷いじゃないか。これからメールでも打って思うまま文句でも言ってやろうか?
  しかし憎らしいのは憎らしいけれど、宮さんは病気なのだし、病人に気を遣わせるのも可哀想だな。俺はまあ、神経質なものだから、思い込みが過ぎるというのも大いにある。あの人からも普段言われるじゃないか。けれど、自分の思い過ごしなのか、あの人の愛情が薄いのかは、一つの疑問だ。

  ときどき、そう感じることがあるんだ。あの人に水臭い仕打ちがあるのは、いくらか自分を侮っているのではないのかと。俺はこの家の厄介モノ、あの人は家の娘だからな。自ずから主人と家来というような考えがずっとあって…
  いや、これもよくダメ出しされるんだった。そんなことなら最初から婚約など受け入れるわけがない、好きだと思えばこそこうなったんだからって…そうだそうだ。これを言いだすと酷く怒られる。何を怒るってこれを一番怒るんだもん。
  もちろんそんな様子を、宮さんは少しですら見せたことはないさ。俺のひがみに過ぎないんだけれど、どうも気が済まないからグチだって出るんだ。

意気消沈

  しかしだ、もしもあの人の心にそんな根性が爪の垢ほどでもあったなら、俺は潔く別れるつもりだ。別れてやるとも! 俺は愛情のトリコにはなっても、奴隷になる気はないぞ。もしも、この恋が終わってしまうなら、俺はあの人を忘れかねて焦がれ死んでしまうかもしれない。死ぬまでいかなくても発狂するかもしれない。かまわないさ! どうなろうと別れてやる。別れずにいられるわけがないさ。

  でもまあ、これって俺の僻みなだけで、宮さんに限ってそんな気持ちは微塵もないだろう。その点は自分でもよく判っているんだ。けれども愛情が細やかでないのは事実。冷淡なのも事実だ。
  つまり冷淡だから愛情が細やかでないのか、俺に対する愛情がその冷淡を打ち壊すほど熱くないのか、あるいは熱くならないのが冷淡な人の愛情ってものなのか…
  ここが悩みどころだ――

  彼はモヤモヤと満たされぬ事があるたびに、必ずこの問題を解こうとするのだが、未だ解決の糸口は見えていなかった。さて今日はどんな解釈を導き出すのやら…

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