カンタンに読める!金色夜叉/現代版

家に戻った貫一
しかし満枝に詰め寄られ…

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続金色夜叉第7章-2-

 追及

「それから色々と話を伺って、私、おふたりの関係をよくよく理解しました。それにあの人もおっしゃらなくても良さそうなことまで、お話しになるんですもの。かなり聞きにくいことまでね」

――やられた――
  貫一は為す術もなく、密かに拳に力を込めた。しかし満枝はまだ言い足りないらしい。
「それにしても間さん、さすがですわ。私、敬服しちゃいました。失礼ながら、あなたの腕前にびっくりしたんです。あんな美女とただならぬ仲でありながら、世間に対しては変わり者だとか、女嫌いだとか、まるで女性に興味なんかありませんって顔をして。今日の朝まで何年もの間、ひた隠しに隠し通してらしたなんてねえ。手練手管っぷりに、私、もう何も言えやしませんわ。とんだ食わせ者なんて言葉がありますけど、まさにあなたみたいな人を言うんでしょうね」
「もう、つまらん事を…何なんだ一体?」
「口ではそんな事をおっしゃってても、実は嬉しいんでしょ? ほら、今だってあの女のことを考えてる。そんなに恋しいの?」

――咄嗟に家を飛び出したため、何かしら後々に面倒を引きずる気がしていたが、やはり思ったとおりの鬱陶しい展開になった。全く厄介な人に見られたもんだ――
  貫一は心がどんどん委縮する感覚を覚えた。物を言うのも嫌になって唇を閉ざし、ただ空の月を眺めていた。満枝は彼を凝視し続けている。
「間さん、そんな黙りこくらないでくださいよ。ああいう美人をご覧になった後では、私みたいなのと喋るのもイヤなんでしょ? 私、判ってますから。ですので、私、決してくどい事は言いません。少し聞いてもらいたい事があるだけですので、どうかそれだけは言わせてもらえませんか」
  貫一は冷ややかに目を移した。
「何なりと言ってください」
「私、もうあなたを殺してしまいたい!」

「何だって!?」
「あなたを殺して、あの女も殺して、それから自分も死んでしまいたいんです」
「それも良いでしょう。良いですが、どうして私があなたに殺されなければならないのです?」
「間さん、あなたは殺される理由に心当たりがないとおっしゃるのですか! どの口でそんなことを!」
「それは聞き捨てなりませんね。一体どういう意味なんですか?」
「聞き捨てならないなんて、あなた、本当に判ってないのね」
  既に恨みと怒りの眼になっていた彼女は、ここに至って初めて泣き出した。彼女の泣き姿なんて想像したことすらない貫一は、むしろ恐怖を感じた。
「あなたはそんなにも私の事が憎いのですか。どうしてそんなに私を憎むのですか。その理由を聞かせてください。私、それを聞きたいんです。絶対に聞きたいんです」
「あなたをいつ私が憎みましたか。そんな事ありません」
「じゃあどうして聞き捨てならないだなんて言うんです?」
「そりゃそうじゃありませんか。あなたに殺される理由なんてありませんし、殺される覚えも一切ありませんから」

  満枝は悔しげに首を振った。
「あります! 絶対にあるんです。信じてます」
「あなたがひとりで信じても…」
「いいえ、ひとりであろうがなかろうが、自分の心に信じた以上は、私、突き進みます」
「私を殺すと言うのですか?」
「すぐにでもやりかねませんから、覚悟をなさっておいてください」
「はあ、そうですか…」

  いよいよ昇る月に、樹や草の影も趣を増し、庭の風情は一層深くなったものの、軒端のバショウの葉には露がおびただしく、貫一は冷えを感じた。寒さに堪え切れなくなり窓とカーテンを閉めると、照明を点け、次いでことさらに掛け時計を見遣った。
「赤樫さん、もうお帰りになったほうが宜しいでしょう。余り遅くなってもいけませんから」
「ご心配は要りません」
「いえ、忠告です」
「その忠告が無用だと言っているのです」
「ああ、そうですか…」
「今朝のあの人になら、そんな忠告なんてなさらないでしょう? どうなんです?」
  憎まれ口を放ってその反応を見ようとばかりに、しばらく彼の顔色を伺っていた満枝だったが、突如声を荒げた。
「一体あれは誰なんですか!」

――犬でもなく、猫でもなく、お前みたいな存在だ――
  貫一はそう思ったものの、言い争うのは愚策だと思い直し、わずかに不快な顔色を浮かべるにとどめた。満枝はますますじれったさを増す。
「昔馴染みの人だそうですけれど、あの恰好だと商売女ではありませんし、まっさらの素人でもなさそうです。あなた、よほど不思議なところがある人をお好みになるじゃありませんか。でもね、間さん、あの女は夫がある身なんでしょう?」
  余計なことを口走ってはいけないと思えど、それでも彼の胸の内は密かに轟いた。

暗澹たる心情

「ああいう人妻に入れ込むっていうのは、よほど燃えるんでしょうね。でもその代わり、負う罪も深いんですよ。あなたが今日まで巧みに隠し抜いていらした理由も、よく判りました。こればっかりは、おおっぴらに自慢できるものじゃありませんからね。秘密主義を貫かれるのはごもっともなこと。
  その大事な秘密を、よりによってあなたが嫌って嫌って嫌い抜いている私に知られてしまったのは、どれほどお辛いことかとお察ししますわ。でも私からすると、これほどの幸せはないんです。あなたが余りにも片意地に私を苦しめてばかりでしたから、これからは私が思いのままにあなたを苦しませて差し上げるのですよ。忘れないでくださいね!」
  聞き終わった貫一は、思わず笑いを噛みしめた。
「あなた、少し気でも狂ったんじゃないですか」
「少しは狂ってしまったかもしれません。誰が私をこんなふうにしたと思っているんです? 私の気が狂っているのなら、今朝からおかしくなったんですよ。ここに来て気が狂ったのですから、私を元の正気に治して帰してください」
  満枝は擦り寄って彼の真横に迫った。彼は浅ましいことだと苦々しく感じたが、逃げる場所もなく、臭い物に鼻を覆われた気分で身を縮ませた。彼女はなおも寄り添いたげな雰囲気を漂わせている。

「あのね、私、ひとつ聞きたいことがあるんです。思っているとおりに正直に遠慮なく答えて欲しいんです。良いですか?」
「何ですか?」
「何ですかじゃなくて、『良いぞ』ってきっぱり言って欲しいんです。ね? ね?」
「いやしかし…」
「いやしかしじゃありません。私の質問には、あなたはいつだって気のない返事ばかりじゃありませんか。何もご迷惑をかけるつもりはないのですから、私が言うことについて、あなたが思う通りのことを答えてくれたらそれで良いのです」
「もちろん答えますよ。それは当り前のことですから」
「それが当たり前なのではなく、全部正直に打ち明けて一切隠さずに言ってもらいたいんです」
  貫一は肯定の頷きをした。

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