カンタンに読める!金色夜叉/現代版

一難去ってまた一難
貫一、危機一髪!

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中編第8章-2-

 襲われる貫一

  右手の四谷坂町(よつやさかまち・東京都新宿区)の町並みは、どの家もカーテンを閉め切っているのか、部屋の灯りすら漏れてこない。市ヶ谷駐屯地の外柵に生い茂る松の木々は風に吹かれて音を立て、野鳥が鳴く声も下道の暗がりの闇に吸い込まれて消えてゆく。夜の色も深く憂いを添えて、時刻はもう十一時になろうとしていた。

  突然駐屯地の前あたりで、人の叫び声が聞こえた。貫一が二人の怪しい人物に囲まれたのだ。
  一人は黒いキャップのブリムを目深に引き下ろして被り、グレーのマフラーで顔を半分隠すようにしていた。服装は黒いスウェットを腰穿きして、黒のソックスに馬鹿でかい靴を履いている。その手には太い杖が握られていた。
  もう一人は無地のシャツにテラテラと艶のあるダウンジャケット姿。ブラウンのスニーカーに、同じくマフラーとキャップで顔を隠している。そしてやはり手には六角形に削ったステッキ。
  二人とも身長こそ貫一よりも低かったが、血気みなぎり腕力の強そうな若者たちだ。

「強盗か。恨みを受ける覚えは無いんでな」
「黙れ!」
  杖を持った方がにじり寄って来る。
「俺は間貫一という者だ。恨みがあるならいくらだって相手してやるさ。強盗ならカネくらいくれてやる。けれど理由も言わずにその態度は一体何だ! おい、待て…」
  貫一の問いに相手は何も答えなかった。答えはなかったが、代わりに杖が振り下ろされ、貫一の頬をビシッと打った。
  目眩がする。朦朧とした意識ながら逃げようとした貫一の肩を、猛然と追い迫ったステッキの男が強く突く。踏みとどまろうとした貫一だったが、水道管工事でできた路面の段差に躓いてあっけなく倒れてしまった。

  それを好機と賊は襲ってきたが、勢い余ったせいで倒れていた貫一の身体にまた躓いて、その勢いで二メートルほど向こうに撥ね飛ばされてしまう。入れ替わって一番手の杖の男が貫一の背後から袈裟掛けに掴みかかるものの、起き上がることもできず崩れ落ちて靴も脱げてしまった。男が靴を手にするより早く貫一がそれを奪い、彼の顔に向けておもいっきり投げつけた。
  靴は上手い具合に顔面に命中。ひるんだ隙に貫一は跳ね起きて逃れようとするも、三歩も進まぬうちに転んでいたステッキ男が躍りかかってきて、ステッキを振り下ろした。
  ステッキは耳元を掠り、肩を滑って、バッグを持つ手をこれでもかと打ちつける。手がちぎれるかと思うほどの痛みを耐えて、貫一は後ずさりしながら身構えた。

  しかし靴の目潰しを喰らった杖の男が、怒り狂って奮進。危機迫る中、貫一はバッグに入っているナイフをまさぐって掴み、今取り出そうという瞬間、肉薄の距離の二人が振るう杖は雨が降るがごとく所構わず滅多打ちに彼を襲った。貫一は敢えなく昏倒してしまったのである。

手を構える男

「どうします? もういいですかね」
「こいつ、俺の鼻に靴ぶん投げやがった。ああ、痛え」
  マフラーを掻き除けて彼が撫でた鼻は赤く染まって、唐辛子のような色をしていた。
「おお、鼻血凄い出てるっすよ」

  貫一は息も絶え絶えながらも、しっかりバッグを抱きかかえていた。右手にはナイフを隠し持ち、これ以上危害を加えられることになれば刃物で対処するしかないと、油断を誘ってわざと無抵抗を装う。うめき声を弱弱しく吐いてみせた。
「憎たらしいヤツだ。しかし随分しばき上げたな」
「ええ。もう手が痛いっすよ」
「引き揚げるか」

  こうして賊たちは間近の露地裏へ消えて行った。辛うじて顔を上げることができた貫一だったが、瞬く間に全身を襲った痛みに精魂尽き果て気を失ってしまった。

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